わたしに依存 10月からタバコが値上げすると聞いた。しかも全部じゃなくて、一部だけ。大山くんの好きなタバコは見事にその値上げするものになっていた。 1週間に1箱、多い時で3箱を開ける大山くんにとっては死活問題。月に40円、最大5週間で3箱だから150円も必要。わーお。どうすんの、大山くん。 「禁煙したら?」 「は?」 学校では当然吸えない大山くんは、癖になるんじゃないかと思うぐらいに眉間に皺を寄せて、机をかつかつと指で叩いている。 イライラしてるのは分かるけど、かつかつ五月蝿いよ、とか思うけど勿論言わない。 「うーん」 「ムリだろーねー」 出来たらこんなに学校でイライラしてないよね。 みんなは大山くんが笑ってるところを見たことがない。大山くんはいつもイライラしてる。登校する直前にわたしの部屋に来て1本吸っても、学校に着いたらイライラ。昼休みに学校を抜け出して、わたしの部屋で吸っても、帰ってきたらイライラ。 機嫌が良いのはわたしの部屋に居る時だけだ。大山くんは家では吸わない。 「タバコ税ばっか上がってズルいよな」 「他のは上がってないの?」 「…消費税が上がったか?」 「ううん」 消費者に優しくないな、と大山くんは言った。 タバコに依存性があると言うけれど、あれは案外嘘なんじゃないかと思う。吸ったらリラックスできる、とか落ち着く為に吸う、とかそういう条件の下で吸うから、変に意識が植え付けられるんじゃないのかな。 大山くんもきっとそんな感じ。もともと大山くんが吸い始めた切欠は部活で先輩に舐められたからで、その先輩が居ない今は辞められる筈だ。 それを辞めないのは、多分先輩に舐められたイライラと学校でのイライラが混同してるからだと思う。 今日は特に酷い。朝遅刻しそうだったから、大山くんはわたしの部屋に来てない。加えて、遅刻の所為で先生に怒られた。イライラは頂点だった。 「あー吸いたい…」 「早退しちゃう?」 お家開けるよ、と誘うと大山くんはちょっと心揺れたみたいだった。 「大山くんは今日すっごく頑張りました。だからもういいんじゃない?わたしは許すよ」 「んー…」 大山くんは暫く、時計とにらめっこしてたけど、よし、と呟くとむくりと立ち上がった。 「禁煙する」 「えぇっ?」 「この機会に辞める」 話を聞くには、大山くんはタバコの値上げを機に辞めるって前から決めていたらしい。 まー、ひと月最大150円はきついと思う。部活にかまけて、バイトをしてない大山くんだし。 「そういう訳で」 何がそういう訳なんだろう。わたしが首を傾げると、大山くんはぎゅっといきなりわたしの手を握ってきた。 「付き合って」 「ええぇっ!?」 わたしの頭を大山くんの言葉を駆け回る。付き合うって、あれですか、恋人同士になるってことですか。いや、今までこんな関係でありながら付き合ってなかったのはちょっと変だったかもしれないですが、えっ、でもわたしたちって付き合ってなかったんだっけ?そりゃキスもしたし、わたしは大山くんのこと好きだけど、あれ?分かんなくなってきた、大山くんはわたしを利用してるだけじゃなかったっけ、大山くんが好きなのは違う人だった気がする…ここまでに5秒。 大山くんは真剣な顔でわたしを見ている。そこで、わたしの付き合うの意味と大山くんの付き合うの意味が違うことに気付いた。辞めることに対する取り組みに付き合えってことか。 多分、本当に辞めたいんだ、大山くん。 「いいよ、」 「マジ?さんきゅー」 自分では辞めらんないからさ、何か考えてよ、と大山くんは言った。辞められるんだよ、大山くん。 不必要な潜在意識と変な植え付けさえ無くなれば、至極簡単なこと。今までタバコを吸いたくなってた状況の時に違う条件反射をしちゃえばいいんだ。 わたしは大山くんが好き。こんな美味しい状況を見逃す訳にはいかない。 「じゃあさ、わたしと付き合って」 「はっ?」 今度は大山くんが驚く番だ。 「タバコ辞めさせてあげるよ、だからわたしと付き合おう?」 辞めるためなら仕方ない、とでも言うように大山くんは頷いた。 わたしの提案はこうだ。イライラすることがあればわたしに好きだと言う、口淋しくなればわたしにキスをする。タバコを吸いたくなるタイミングでわたしを欲しろ、とそんな感じのことを言った。 大山くんはそんなことで辞められるのかと疑心暗鬼だ。けれどこれは信じてもらうしかない。 「まー、安心して。わたしならきっと辞めさせてあげられるからさ」 わたしは精一杯の可愛い笑顔で大山くんに言った。あ、今のはちょっと良かったんじゃないかな。 無愛想だけど、ランクAの大山くんと、ランク外のわたし。他人はどう思っても関係ない。 片思いから両思いに。タバコ値上げばんざーい、なんて、ね。 (そうしてわたしに依存しろ、とわたしは心の中で願う。) ** 多分続く |